小説 昼下がり 第八話 『冬の尋ね人。其の三 』



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 由美の睫(まつげ)がぴくりと動いた。
 「ところで啓一さん、あなた真理子に
出逢ったでしょう。
 秋子からの手紙によると、〔まだ見ぬ
恋人〕だと思っているらしいーって。
 どうなのですか?」
 啓一は、雨宿りで見掛けた女性が真理
子であるとの憶測が確信に変わった。
 「初めて会ったのは、昨年の初夏の頃
です。
 新八さんの本屋の軒下で雨宿りをして
いた彼女をチラッと見ただけです」
 啓一は、当時の状況を克明に覚えてい
た。
 「お姉さんはね、その時点であなたの
ことは知っていました。
 だって啓一さん、お母様の下宿に居る
のでしょう。お姉さんは時々、あなたを
見掛けているのですってー。
 今の今まで解らなかったのは、あなた
の鈍感の成せる業(わざ)だって。
 私ではないわ。お母様がそう云ってた
の、手紙の中でー。ホホホホホ」
 陽子は、唇を噛みしめるかのように、
小さな声で笑った。
 由美も口を押さえ、笑いをこらえた

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 「真理子もあなたのことに興味がある
みたい。
 あなたと真理子。
 一度も言葉を交わしたことがないのに、
あなた達の行く末を案じるなんてー。
 年の功と思って許してね。啓一さん」
 真理子の良き伴侶(はんりょ)が啓一
であることを、由美は心から願っていた。
 「と、なると、啓一さんは私の義理の
兄になりますね」
 陽子も、まだ見ぬ将来の兄を夢見てい
た。
 「ちょっと待ってください。
 私はまだ、真理子さんとは話もしたこ
とがないのです。そう云われても、どう
応えていいのやら……」。
 啓一は本気で戸惑いを覚えた。
      (四十三)
 降り続く雪は止む気配もなかったー。
 「それにしても、秋子の手紙を読むの
は疲れるわ。
 大袈裟(おおげさ)だけど、単行本一
冊、読むくらいの文章を延々と綴(つづ)
っているわ。いつもー。
 何とかならないかしら、読む方も大変
よ。ねえ、陽子」
 陽子はコックリと頷(うなづ)いた

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 「それはそうと啓一さん、あなた秋
子より預かり物があるでしょう」
 由美の言葉に啓一はあわてた。
 バッグより、風呂敷に包まれた額縁
らしきものを手渡した。
 「まあ、陽子も見てごらん。
 秋子と真理子と妙子の三人の写真が
写っているわ」
 由美はふくよかな表情になった。
 「啓一さん、長々と私の話を聞いて
くれてありがとう。
 これで私も悔いなく、神の側(もと)
へと参ずることができます。
 この写真を持ってねー」
 ―夜も更けて行った……。
 啓一は、離れに敷かれた布団に横た
わった。
 頭の中は荒れ狂う濁流のようだった。
 予期せぬ出来事の数々に遭遇した啓
一は、脱出不可の異次元の世界に落ち
込む錯覚に陥った。
 真理子の面影がかすかに浮かんだ。
 睡魔(すいま)に襲われ、深い深い
眠りに就(つ)いた……。
 再び、運命の悪戯(いたずら)に翻
弄されるとは、啓一は努々(ゆめゆめ)
知らなかったー。   
       〔次回、春爛漫に続く〕

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